「昔はこれで幸せだったのに」と感じる瞬間

子どもの頃って、もっと単純なことで幸せだった気がする。

100円のアイスを食べるだけで嬉しかったし、
友達とゲームして笑っているだけで1日が終わった。

コンビニで好きなお菓子を2つ買うだけでも、ちょっとしたイベントみたいだった。

でも大人になると、不思議なくらい“慣れる”。

給料が上がっても。
良い家電を買っても。
少し高いご飯を食べても。

最初だけは嬉しいのに、その感動はどんどん短くなる。

年収が上がっても、幸福度は比例しない

例えば日本人の平均年収は、現在だと約460万円前後と言われている。

昔の自分からしたら、
「年収400万超えたらかなり余裕あるだろ」
と思っていた。

でも実際は、

  • 家賃
  • 税金
  • 社会保険料
  • 物価高
  • 将来不安

これらが想像以上に重い。

手取りで見ると、
年収500万円でも月の可処分所得は30万円を少し超える程度。

そこから、

  • 家賃8〜10万円
  • 食費5万円
  • 通信費
  • 光熱費
  • 保険
  • 交通費

を払うと、思ったより“自由なお金”は残らない。

しかも最近は、コンビニのおにぎりですら200円近い。

昔なら500円でそこそこ満足できた昼ご飯が、今は1000円近く普通に飛ぶ。

だからこそ、
「昔はこれで幸せだったのに」
と感じる瞬間が増えた気がする。

幸せの“基準”が上がり続ける怖さ

人間って慣れる生き物だ。

昔は6畳の部屋で満足していたのに、
一度広い部屋に住むと戻れなくなる。

昔はスマホがあるだけで感動していたのに、
今は少し動作が遅いだけでストレスを感じる。

SNSを見ると、

  • タワマン
  • 高級車
  • 海外旅行
  • ブランド品

みたいな情報が毎日流れてくる。

本来なら自分には必要なかったものまで、
“持ってないとダメな気がする”
感覚になってしまう。

でも、それを追い続けるのって終わりがない。

年収1000万円でも不安な人はいるし、
資産1億円でも働き続ける人もいる。

逆に、
そこまでお金がなくても穏やかに暮らしている人もいる。

僕自身、価値観がかなり変わった

昔は、

  • 高い物を買う
  • 良い会社にいる
  • 周りより稼ぐ

みたいなことが“正解”だと思っていた。

でも今は少し違う。

むしろ、

  • 嫌な人間関係を減らせる
  • 通勤ストレスが少ない
  • 心を削られない
  • 自分の時間がある

こういう方が、人生の満足度に直結している気がする。

特に30代に入ってからは、
「無理し続けるコスパの悪さ」
をかなり感じるようになった。

20代の頃は多少無茶できた。

睡眠削っても何とかなったし、
理不尽も“修行”みたいに思っていた。

でも30代になると、
メンタルや体力って確実に有限だと分かる。

だから最近は、
“小さくてもちゃんと幸せを感じられる生活”
の方が強いと思うようになった。

結局、幸せって“比較”すると壊れる

昔を思い返すと、
幸せだった瞬間って意外と地味だ。

  • 夜中に友達と話したこと
  • 家でのんびりゲームしたこと
  • 好きな音楽を聴きながら帰ったこと
  • 休日前に夜更かししたこと

多分、
あの頃は“比較”が少なかった。

でも今は、スマホを開けば誰かの成功が見える。

だから無意識に、
「自分はまだ足りない」
と思ってしまう。

もちろん向上心は大事だと思う。

投資も、副業も、勉強も、
将来のためには必要だ。

でも、
“今の幸せ”を全部後回しにすると、
人生そのものが苦しくなる。

だから最近は、
「昔はこれで幸せだった」
と思える感覚を、なるべく忘れないようにしている。

意外と人生って、
そういう小さい満足の積み重ねなのかもしれない。

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